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思想評論の・ような物

素粒子死に神コラムは差別意識に根差す

 呉智英夫子が産経新聞のコラム・断で、朝日新聞夕刊のコラム・素粒子を批判しています。もちろん、内容は鳩山法相を誹謗中傷したいわゆる『死に神コラム』です。しかし、さすがに支那を支那といって何が悪いと言い続けて、身の危険にも何度かあった夫子だけあって、相変わらずタブーなき評論を噛ましていますね。朝日新聞の自衛隊批判の背景には無意識の差別意識があるというのは、井沢元彦氏も常々批判していますが、今回の死に神コラムも、根本的には死を穢れとする差別意識が抜き難くあると思いますね。

【権力批判と差別】産経新聞

 「素粒子」にも理がないわけでもない。これが権力者批判だという点だ。権力に携わる公人への批判には名誉毀損の例外条項もある。要するに、公人には批判を甘受する義務があり、国民やマスコミには公人を批判する権利がある。問題は「素粒子」が権力批判を至高の使命であると能天気に盲信していることだ。権力批判が差別と同居していることもあるのに。

 世の中には、自分が手を汚したくない嫌なことがある。そういうことを、実は権力や公的機関が代行している。例えば、徴税、汚物処理、軍事、死刑。聖書を読めば徴税人が民衆から疎まれていたことがわかるし、中世の警察官検非違使(けびいし)が被差別と権力の融合物だったことも近時明らかになっている。被差別部落の呼称の一つ「長吏」も本来、吏員の長(今で言えば課長、係長か)を意味した。無自覚、安易な権力批判は「俗情との結託」となり、差別さえ生む危険もある。(評論家)
 コラムの内容につぎ足しますと、『長吏』という言葉は関西圏では『チョーリンボー』という差別用語があり、この言葉の誤解から被差別部落民は朝鮮半島から渡ってきた人間の子孫という考えが流布したようです。この言葉の由来は、『長吏の棒』ということで、棒を持って徴税や逮捕拘束を行っていた権力者としての官吏のイメージですね。庶民にとっては権力の具体的なイメージとは、“国家”のような漠然とした概念ではなく、権威・権力と執行装置としての暴力を持つ存在という具体的な存在だったのでしょう。

ウチの田舎だと、鬼ごっこの鬼役とかを『ジュンサドン』と言ったりする地域がありますが、子供の頃は河童とか狐狸妖怪のイメージであったこの『ジュンサドン』が『巡査殿』、つまり地域において権力を持ち、犯罪者を取り締まるけれども拳銃を所持するオイコラの威張りん坊という存在であることを暗示していますね。もともと日本では江戸時代など、下級の官吏を『不浄役人』と呼び、蔑視してきました。時代劇ではしばしば主役でカッコいい役回りの町奉行の同心こそ、この不浄役人の典型例です。

同心などは、犯罪者という穢れた存在と接するので、同じく穢れが身についていると考えられたためで、この差別新は同心を雇用していた江戸幕府側にもあったようで、江戸町奉行書の同心は実質は世襲される役職なのですが、江戸幕府は一代限りの身分とし、本人が隠居した場合は、その家督を継いだ息子と新たに一代限りの雇用契約を結ぶという形式になっていました。これは首斬り役人と言われた山田朝衛門にしてもそうで、実際は役人ではなく斬首刑のたびに臨時雇用するという形式が取られました。


 このような、死に対する畏怖と忌避のないまぜになった心が、日本の穢れの考え方の根本にあり、そこが牛馬を殺して処理して、そこから生活必需品であった革製品を作る人間を、生活必需品の生産者でありながら差別するという、被差別部落の根本的な問題が潜んでいるわけです。朝日新聞の素粒子を書いた方は、そういう無意識の差別に対して、無自覚なんですけどね。同和問題が難しいのは、そういう日本の文化と密接に重なっているので、無自覚な差別を生んでしまうという点ですね。死刑反対の背後に、差別意識はないのか?

これは呉智英夫子も論じていますが、金子みすゞの有名な詩『大漁』も、差別であるということになります。実際、江戸時代には仏教思想の影響で獣肉を口にせずに、動物性タンパク質はもっぱら魚介類が中心だったとされますが、その魚屋も多くの殺生をしているので魚屋の家にはフリークスが生まれるという伝承があった訳です。そういう視点で読むと、金子みすずの美しい詩は、間違いなく差別を助長する詩と言うことになります。『チビ黒サンボ』どころではない、発禁とすべき書ということになりますね。もちろん、これは無自覚の差別。素粒子の死に神コラムと同じく。

『大漁』

   朝焼小焼だ 大漁だ
   大羽鰮の 大漁だ

   浜は祭りの ようだけど 
   海のなかでは 何万の 
   鰮のとむらい するだろう
  • 2008.07.11 Friday
  • 14:00

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  • 2019.06.25 Tuesday
  • 14:00
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Comment
このコラム全部読んだけど、単に執行者数が多いことを皮肉っただけだよな?「無意識の差別」なんて、文章からは読み取れなかったが。それはさておき、「死刑反対の背後に、差別意識はないのか?」って?死刑存置にはありそうですね。特定の人は死んでも構わないのだから。反対はいろいろ。差別意識はあるかもしれないし、ないかもしれないし(誤判が理由とするものの、どこが差別意識?)
今まで清高さんの数多くのコメントに、当方としては誠実にレスしてきましたが、基礎的な知識の欠如・文献のよも込み不足・都合の悪い指摘は無視する・当方が言っていないことを勝手に脳内補完する・前後で矛盾のある文章を平気で書く・自分の主観を絶対化して言うことさえ自覚できない・自分の意見に対立する文献は読まずに否定・同じことを何度書いても理解できずにループするという状況です。

清高さんのあまりに典型的な書き込みパターンに爆笑し、毎回心待ちにされているファンの方もいらっしゃいますが、当方も同じことを何度書いても理解されない態度に付き合って、本業を疎かにしても意味がないので、今後箱のコメントをテンプレ化して貼り付けるだけの対応とさせていただきます。

おそらく典型的パターンに従って、脳内勝利宣言を出されることでしょうが、これほど非論理的な方でも、自分の書いている内容の低レベルさをついに自覚させることができなかったという意味では、間違いなく自分の敗北です。義務境域卒業程度の学力があれば、理解できるような平易な文章を目指してこのブログを書いてきましたが、清高さんの堅牢強固な壁を突き崩すことは不可能でした。

そうです、清高さんは勝利したんです。嬉しいでしょう? 楽しいでしょう? 気分はサイコーでしょう? その喜びを胸に、これからもがんばってください。類は友を呼び、必ず一定数の支持者も出現することでしょうから。コメントありがとうございました。
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