★土岐正造とその仲間が雑多な興味の対象について、好き勝手に書き散らすBlogです。
 
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MacFan誌リニューアル雑感
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    先月末発売されたMacFan誌は、それまでの中綴じから平綴じへと本の体裁を変えました。中綴じや平綴じと言われても、一般の読者にはどうでもいいことです。しかし、出版社の人間として,そこにこだわる人間はイッパイいますね。中綴じとは、本を開いた状態の紙を重ね、中央部分に沿って針金(ステッチ)にて止める方式です。と言われてもピンと来ないでしょうけれど、要するにヤングジャンプやヤングマガジンなどのヤング誌や青年誌などの本がこの方式です。平綴じというのは、折りたたんでページにしたページ(専門的には【折】とか【台】と言います)の背中を揃えて接着剤や針金で止めた物です。

    当然、平綴じの方が経費もかかりますし、高級感が漂いますので、出版業界の内側にいる人間からすると、値段を据え置いてこの体裁(ていさい)にすることは、かなりのサービスであると認識されます。しかし、はたしてそれがリニューアルと言えるのか? ハッキリ言って、先月着王でリニューアルを予告されたときに、自分が想像したことと、ズレがありました。本来は、こういう内容はMacFanの編集部に直接メールでもすればいいじゃんといわれそうな内容ですが、それなりに汎用性のある内容だと信じて、エントリーとして書いてみます。

    本作りと関係ない方にはあんまり意味のないようだと思いますので、興味がある方だけ読んでくださいm(__)m
    【リニューアルとは何か?】
    リニューアルを製本体裁の変化というならば、確かにリニューアルしたと言えます。しかし、中綴じ時代のMacFan誌と比較して、どこまで内容が変わったのか? ライバル紙のMacPeopleが今ひとつ元気がないのに比較して、MacFan誌は毎月本の厚みも増し、広告ページも充実していますから、登り調子と考えて間違いないでしょう。その延長線上での中綴じから平綴じへの変化。しかし、外形的なその変化に見合った内容の変化があったのか?

    例えば、巻頭にコラムを配置するスタイルは、中綴じ時代と変化がありません。別に好調ならば変える必要はないのですが、個人的に気になった点がいくつか。まず、巻頭コラムがコラムで亜qると言う体裁を読者にアピールする色が薄く、ハッキリ言ってしまえば右のページにある広告ページと左ページに配置された記事ページの佐賀明確ではないように思います。雑誌の常として、表紙をめくって直後の数ページは高額の広告費が期待できるページであります。そのため、Mac系雑誌に限らずパソコン雑誌やゲーム雑誌は最初の数ページ延々と広告が続くというスタイルが一般的です。

    コレは仕方がないのですが、目次ページの前に置かれる巻頭コラムは、重大なニュースやその雑誌の業界に呈する提言やオピニオンを発信する場でもあります。中綴じの時はそれが比較的明確に広告記事と違う体裁を整えていたのに、平綴じになった時には広告ページと比較して明確な見出しロゴの工夫やレイアウトの独自性と統一感が、今ひとつのような気がしてしまいます。コレならば、広告ページが続いた後に目次ページを設定して、そこからまとめて巻頭コラムのページを配置するなど、リニューアルに併せた工夫があってよかったのではないか?

     【内容のリニューアルは?】
    先月号から大々的にリニューアルを謳ったわりには、画期的な新コーナーが始まったわけでなく(もちろんいくつか新コ−ナーは始まっていますが)、特集主義と旧来の連載はそのまま移行したスタイル。もちろん、本のどの位置に何を持っていくか(専門的に台割をどう切るか)の工夫はしてありますが、先月号までの配置を組み替えただけで、目新しさはない。もっと言ってしまえば、目次の前に坂本龍一インタビューを持ってくる必然性を感じません。

    それだったら、表紙の製作過程を追った『プロのおてなみ拝見』のページとセットで「坂本龍一目当て」で購入したライト層を取り込む意味で記事をまとめて、仮想敵にも読み応え感を出す値期ではなかったのか? 今回、リニューアルに併せてなぜか減ったiPodや音楽関係の記事を、坂本龍一氏関係の記事の直後に配置して、Macにはあまり興味はないけれど音楽やiPodには興味がある層への訴求力を高めることはできなかったのか?

    旧来、中綴じの中心部分に小さな紙で展開されていたMacFanビギナーズのコーナーを巻末に持ってくるのは良いが、その特集が『WinユーザーのためのMac入門』である必要があったのか? その企画を持ってくるならば、小特集として独立した内容として、坂本龍一氏のインタビュー記事などとセットでまとめるべきではなかったのか? MacFanビギナーズの内容はモノクロページであっても不具合があるような物ではないのだから、モノクロページに移行しても問題がなかったのではないか? そんな疑問が浮かんできました。

     【微妙なスカスカ感】
    MacPowerがデザインしにリニューアルする前、自分はそのデザイン重視のレイアウトがあまり好きではなかったです。ハッキリ言ってしまえば、余白を活かした大胆なデザインというのは一見キレイではありいますが、ページあたりの情報量としては確実に経るわけで、端的に言ってしまえば余計な余白を無駄に入れるならばそこを文字という情報量で埋めろよ、とうのが買い手の本音。自分も一応なんちゃってデザイナーな側面があるので、余白の多いデザインというのは読みやすさにはつながりますが、逆に内容のスカスカ感を増大させます。

    そういう意味では、リニューアルしたMacFanは中綴じ時代のデザインをそのまま拡大して面付けをしたかのような、微妙なスカスカ感を感じました。その割りに、全体的に見出しの文字が小さくなってバランスを欠いているような。誌面というのは、大胆な余白と適度なゴチャゴチャ感が、ページあたりの情報が詰まっている錯覚(あくまでも錯覚ですが)を与えないと、マズイのではないかというのが自分の感触です。

    そういう意味では、中綴じ本よりも誌面の大きさは数%しか大きくなっていないのも関わらず、微妙なスカスカ感が増大してしまったような。もちろん、コレは自分の主観的な感覚なので,そう感じない方も多いかもしれませんが。しかし、新書版のコミックスカバーデザインとB6判コミックスでは、わずかの大きさの差であっても文字バランスの密度を変えないといけないように、数%の誌面拡大に併せて文字と写真のバランスを見直す必要があるのではないかと。少なくとも、三段組みや四段組の単調なレイアウトではない工夫が必要だったのではないかと。

     【モノクロでできることはモノクロで】
    MacPeople誌がリニューアルした際、MacPower誌のコラム陣が大挙して移動しました。自分はこれ自体は評価していて、雑誌の色という部分を考えた場合、MacFanとの差をつけようと思ったらASCIIという会社が持っている人脈を駆使して、能力の高いコラムニストの読み応えのある文章をタップリ掲載するのは正しいと思います。ゴング格闘技が月二回刊行から月刊誌に後退したとき、速報性では月二回刊行のライバル紙・格闘技通信に勝てないと言うことで、徹底したロングインタビュー主義に移行したように。

    ネット時代、速報性ではMac系サイトやブログには勝てないわけですから、既報済みの内容でも、それを多角的に斬ることで、意外な視点や深い視点を読者に提供する必要性は,あるのではないか? そういう意味では、ライバル誌に比較してMacFanは読み応えのあるコラムとなると、技術系以外はやはり少ない気がしますね。別にライバル誌のマネをする必要性はないのかもしれませんが、PC Watchの執筆陣など、MacとWindowsを冷静に比較できるライターは多くいて、それを活用しない手はないでしょう。

    もっと言えば、MacFanは比較的質のよい紙を使ってモノクロページも構成されていますが、読者にとって紙の質というのは情報を受け取る媒体としてそれほど重要ではないです。であるならば、もっと紙の質を落としてその分ページを増やして、そういうコラムページの充実を図ったり、週刊アスキーのようなMacやパソコンに直接関係のないページをもっと増やして、本自体の厚みを出した方が、読者のお得感(それがタダの錯覚であっても)を出した方が良いのではないかと。

     【編集者に遊びはあるのか?】
    これは上で書いたこととも重なりますが。MacFan編集部は専属の編集者は編集長も含めて10人ぐらいの体制でやっているようですが、その10人にとって、仕事の損得を抜きで楽しめているページが確保されているのか?と言う点。誌面としては、カッチリと無駄のない連載陣や特集で固められているのはけっこうなんですが、「人はパンのみで生きるに非ず」という言葉もあります。編集者も、仕事としてのページだけで楽しむ本作りができるのか?と。

    そんな,会社の金で遊ばせてやる必要はないと言われればそれまですし、週刊アスキーのように遊びが過ぎてしまっては本末転倒ですが、編集者の中には音楽が好きだったりスポーツが好きだったり映画が好きだったり、本来の誌面作りとは関係ない部分に興味とか一家言を持つ人間もいるわけで、そういう人間の損得を抜きにした遊びのページが,MacFanの誌面には少ないのではないかと。編集長を覗く9人に、2ページずつ自分の好きなことをやるページを与えても良いのではないかと。

    TVBrothというテレビ番組雑誌は、番組表を読者に伝えるという本来の役目を超えて編集がサブカル雑誌的に好き勝手なことをやっていますが、それが雑誌の色になっている部分のあるわけで。9人が2ページずつでもわずか18ページ。250ページの中に、そういう遊びを造ることが、結果として編集者の【無用の用】を生みだし、それが瓢箪から駒として本体にキックバックする可能性を、もうちょっと考えても良いのではないかと。極端な話、1編集者1ページでも、それがあるか無いかは大きいのではないかと。


     たぶん小林正明編集長は、乱のI編集長やREDのI編集長と同じく、出版業界全体の中で見ても有能な編集長の一人でしょう。それは、売れる本作りとクオリティーの高さを両立できる、独り善がりの本作りをしないと言う意味で。なので、自分のこう言う内容は言われるまでもなくわかっているわい!と思いますが。どうやらMacPeople誌もリニューアルするようですし、以上の雑感はMacFan誌のみならずMacPeople誌に対しても、いちMacユーザーとしてこんなことを考えている人間がいるという意志を、多少なりとも伝えられれば良いのではないかと思って書きました。たぶん、一般の読者の方にはよくわからない内容も多々あったでしょうが、まぁ分かる人だけ分かればいいエントリーですのでm(__)m
    【2007.05.07 Monday 05:00】 author : 時枝威勲
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      【2017.11.22 Wednesday 05:00】 author : スポンサードリンク
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      この記事に関するコメント
      リニューアルですが、ごちゃごちゃしてて、正直わかりずらいです。
      | お年寄り | 2007/06/21 9:47 AM |
      レイアウトがゴチャゴチャしていると言うよりも、記事と広告の堺が曖昧でゴチャゴチャした印象があるような気がします。

      記事ページと広告ページのさがハッキリしないのは、今ひとつ良くないですね。どこまでが記事でどこまでが広告なのかわからずに読み飛ばしたりしますから。雑誌によっては記事と広告を技とわからないようにしているところもありますが、個人的には広告ページには広告ページとわかるアイコン性を持たせて欲しいです。

      極端な話、記事ページは必ず右ページから始まる構成(専門的には見開き起こしと言います)に統一するとか、ページの小口側に記事ページとわかる印(タブ)を印刷するとか、統一デザインが欲しいです。
      | 土岐正造 | 2007/06/21 2:03 PM |
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