Calender

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>

Categories

Archives

Recent Entries

Recent Comment

Recent Trackback

自然科学・蘊蓄

死後も機能回復する脳

 見出しは大袈裟ですが、確かに生命倫理的には心臓が止まって、脳死状態になっても、適切な栄養が補給されれば、脳が生き続ける可能性はあるわけで。アレクサンドル ベリャーエフの古典的SF作品『ドウエル博士の首』のように、いやマモーやハカイダーのように、脳だけになっても生きて、意思表示ができるなら、それは人間の死とは言えなくなるでしょう。もっと言えば、『銀河鉄道999』の機械伯爵や、あるいは個人の記憶と意識さえ、未来では機械の中に移植さえできるかもしれません。
【死の定義変わるか 死後も脳の一部機能回復 ブタで実験】NHKニュース  アメリカなどの研究グループが、死んだブタの脳に血液の代わりとなる液体を流したところ、脳の一部の細胞が動き始め、機能が回復しているのが観察されました。意識や感覚など、脳の高度な機能は働いていませんでしたが、死後も脳の一部が機能していたことで、何をもって死とするのか、その定義が変わることにつながる可能性もあるとして注目されています。 この研究は、アメリカのイェール大学などのグループが17日、イギリスの科学雑誌「ネイチャー」に発表しました。 それによりますと、研究グループが特殊な装置を使って、死後4時間たったブタの脳に血液の代わりとなる液体を流し始めたところ、死後10時間の時点で海馬と呼ばれる部分など脳の一部で細胞が動き、酸素やぶどう糖を消費して神経の信号の伝達に関わる部分が働いていたのが観察されたということです。 
 そもそも、人間の意識とは何か、という問いかけがあります。それこそ、昔のキリスト教は動物には魂はないという立場でした。人間だけが魂、あるいは自我・意識があると立場。これはギリシャ哲学に由来しますが。これに対して、仏教は魂がないという立場。ここら辺は、東洋文庫に収録された『ミリンダ王の問い』で、ギリシャ哲学者のミリンダ王(メナンドロス1世)と、仏教の長老のナーガセーナ比丘が、キリスト教成立以前の紀元前二世紀頃、対話するという形での、問答があります。  この対話は『弥蘭陀王問経』とも呼ばれますが。三島由紀夫が仏教の唯識論の理解のための入門書として、薦めています。人間に意識がないなら、この思考し行動してる私は何者か、という問いがあります。我思う故に我あり、コギト・エルゴ・スム。西洋の思考と根本的に異なる、仏教哲学の面白さですが。脳の研究が進めば、そういう問いの答えも見つかるのかもしれませんね。
  • 2019.04.18 Thursday
  • 20:26

-

スポンサーサイト

  • 2019.05.26 Sunday
  • 20:26
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

Comment
Send Comment








   
この記事のトラックバックURL
Trackback