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歴史雑学・蘊蓄

梅原猛氏死去

 ああ、昭和を彩った有名人が、またひとり……。梅原猛先生と言えば、やっぱり『隠された十字架』でしょうね。もちろん、内容に対する批判は発表当初からありました。怨霊とか、オカルティックなものは学問に馴染まないですから。でも、御霊信仰は日本のぶっとい文化として背骨を貫き、明治維新はもちろん大東亜戦争まで、日本人の思考の無意識の部分を占め続けたわけで。先人が血で贖った満蒙の地を手放すわけにはいかないという、ある種の御霊信仰。横溝正史の作品にも、死者と生者の心の頸木が濃厚ですね。
【哲学者の梅原猛さん死去 日本古代史に大胆な仮説を展開】朝日新聞  独自の理論で日本古代史に大胆な仮説を展開した哲学者で、国際日本文化研究センター(日文研、京都市西京区)の初代所長を務めた文化勲章受章者の梅原猛(うめはら・たけし)さんが12日、死去した。93歳だった。  1925年、仙台市生まれ。京都大学哲学科卒業後、立命館大学教授や京都市立芸術大学長などを歴任した。  60年代から日本文化研究に傾倒し、72年に奈良・法隆寺は聖徳太子の怨霊を鎮めるために建てられたとする「隠された十字架―法隆寺論」を出すと、73年には万葉歌人の柿本人麻呂は流刑死したとする「水底(みなそこ)の歌―柿本人麿論」を刊行。通説を覆す独創的な論は「梅原古代学」と呼ばれ、大きな反響を呼んだ。 
 梅原猛先生が凄かったのは、自説をただのトンデモ説に終わらせず、後に続く人材を育てて、批判や論考の間違いはあっても、ある部分で歴史の見直しを問うたところですかね。国際日本文化研究センターを設立し、小松和彦先生や井上章一先生、磯田道史先生、呉座勇一先生といった、自分が愛読してる人材が綺羅星の如く輩出されていますから。そこが、継ぎ接ぎの『日本国紀』とは違うところとも言えます。梅原日本学の影響を受けて、井沢元彦氏も面白い視点で『逆説の日本史』を書かれています。  毀誉褒貶はあれども、残した足跡は大きく、今後も読者を獲得されるでしょう。梅原猛先生の御冥福をお祈りします。合掌
  • 2019.01.16 Wednesday
  • 00:00

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  • 2019.05.26 Sunday
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