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追悼ダイナマイト・キッド
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     爆弾小僧という、リングネーム直訳のキャッチフレーズのダイナマイト・キッド。1975年に17歳でデビューし、1981年4月にに初代タイガーマスクのデビュー戦の相手を務め、1984年には全日本プロレスに移籍し、1991年に31歳で最初の引退。タイガーマスクに前に藤波辰巳選手の試合とかもやっていますが、やはりタイガーマスクとの名勝負数え歌とも言える一連の試合で名を上げました。でも全日本プロレス移籍後は自分も熱心には見ていませんから、実質3年ほどの間に、並のレスラーの一生分ので伝説を作りました。
    【嵐のように生き、刃物のように闘う。 ダイナマイト・キッドよ、永遠に!】Number Web  “爆弾小僧”ダイナマイト・キッドが自身の60歳の誕生日である12月5日、帰らぬ人となった。  1980年代前半、空前のプロレスブームを巻き起こした初代タイガーマスクのデビュー戦の相手であり、最大のライバルであったダイナマイト・キッド。  当時『ワールドプロレスリング』実況の古舘伊知郎アナウンサーが「全身これ鋭利な刃物!」と称したとおり、すごみを漂わせる危険な佇まいと、カミソリのような切れ味のファイトで多くのファンを魅了した。  身長173cmという小さな身体ながら、常に全力で相手に攻撃を仕掛け、また全力で相手の攻撃を受けきる。その命を削るような闘いぶりは、今も伝説としてファンの記憶に残り、また世界中のレスラーたちに多大なる影響を与えた。  しかし、自らの身体を顧みない過激すぎるファイトは代償も大きく、引退後は車椅子生活となり、後年はほぼ寝たきりの生活を送っていたことも知られている。 
     身体は小さかったですが、高い身体能力と全力ファイトとで、見ていて飽きませんでした。超高速ブレーン・バスター、得意のツームストーン・パイルドライバー、ここ一番で使ったバックドロップ。何より、飛距離と迫力があったダイビングドリブル・ヘッドバット。寝技も元々がイギリス出身で、ビリーライレージムでも修行していて、ねちっこい動きができていました。ルチャ・リブレ系の選手に比較して、その点で棲み分けもできていて、老獪なブラックタイガーとも差別化ができていましたから。  ですが、アンチ・ドーピングの立場からも、彼の薬物使用に言及せざるを得ません。堀江ガンツ氏の記事は、その点もきっちり誌面を割いており、誠実さを感じます。本人は自伝では後悔していない旨のことを書いていましたが、晩年の寝たきりになっての心境はいかばかりかと。1996年にみちのくプロレスの両国国技館大会で観たその肉体は、スッカリ縮んでしまっていて、悲しくなったのも事実。会場も、なんともいえない雰囲気になった記憶があります。NHKの番組で出演した寝たきりの彼は、佐山氏のメッセージに涙していました。 ただそれでも、タイガーマスクとの試合は今でも感動する名勝負揃い。良い物を見せて頂きました。爆弾小僧ダイナマイト・キッド氏の御冥福をお祈りします。合掌
    【2018.12.08 Saturday 23:00】 author : 土岐正造
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      【2018.12.19 Wednesday 23:00】 author : スポンサードリンク
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