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落語・演芸・芸能

ドリフターズと仲本工事さん

 CMなどによって、再びドリフターズにスポットライトが当たっています。1971年10月2日から1985年9月28日までTBS系列で放送されていたので、昭和が終わる直前に終了しています。記憶があるのは、35歳以上でしょう。ちびまる子ちゃんのさくらももこ先生が平成の終わりに世を去り、昭和から平成を飾った人々の訃報が続いています。平成の終わりは昭和の終わりでもあるのでしょう。今、社会の中心である40代から50代にとっては、幼き日の幸せな時代とドリフターズはセットなのでしょう。
【77歳 仲本工事が語る“ドリフ秘話”「加藤は天才、志村は秀才」の理由】文春オンライン 目って演技には欠かせない要素だと思う ―― カンヌ国際映画祭にも出品された『寝ても覚めても』には東北の漁師役で出演されていますよね。メガネを外されていたので、最初は仲本さんなのか分からなかったんですが。 仲本 わかんなくていいんですよ。僕は何でもいいんです(笑)。 ―― ヒロインの唐田えりかさんが「仲本さんの目は、いろんなことを経験した人の目で印象的でした」って仰っていて。 仲本 唐田さんとは二人になるシーンがいくつかあってね。駅の改札のシーンとか、玄関口のシーンとか、僕にとっても唐田さんの目は印象的でしたよ。ああ、こういう人間的な訴えを持った眼差しを、瞬間的に出せる人ってなかなかいないよなって。やっぱり、目って演技には欠かせない要素だと思う。 
 ドリフターズというと、前半のスターは加藤茶さんで、後半は志村けんさん。いかりや長介さんはリーダーとして存在感がありましたし、荒井注さんは加藤さんとのコンビ的な側面も。そういう中で、仲本工事さんは一歩退いたポジションでしたが、加藤・志村両名がノミ行為で謹慎していた時期、ちゃんと看板を張れていたんですよね。これはいかりや長介も、自著でやれば出来る男なのに、と惜しんでいましたが。立てるべき相手は立ててこその、アンサンブルなんでしょう。それがよくわかるインタビュー記事です。 学習院大学卒の、当時としては大変な高学歴ですから。バンドとしてのドリフターズにおいては、ビートルズ公演の前座でリードボーカルでもありましたし。志村さんは独自の活動をされていますが、こぶ茶バンドなど、音楽性が強い……というか、ドリフターズは元々がバンドですし、ミュージシャンが本業ですから。志村さんは、津軽三味線などにチャレンジされていますが、マックボンボンというコンビを組んだりして、最初からお笑い志向(ただし音楽への造詣は深い)。 仲本さんにも、仲本さんの視点で、ドリフの歴史を書き残して欲しいです。
  • 2018.09.04 Tuesday
  • 20:30

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  • 2019.05.26 Sunday
  • 20:30
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