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鹿児島・地方・旅行ネタ

薩摩藩鶴丸城の御楼門復元へ

 鶴丸城は正式名は鹿児島城なのですが、地元の人間は鶴丸城としか呼びません。本来は、放送局がある城山を含む平山城なのですが、壮麗な天守閣が有るわけでもないし、石垣が立派なわけでもないですし(江戸城や大阪城や熊本城と比較して)。石橋はありますが、規模は小さいですし。室町時代からあるので、歴史はありますが。別邸の磯庭園は桜島を臨む借景庭園で、一見の価値はありますけどね。そして、西郷南洲翁の私学校跡地近くの、石垣に残る弾痕は歴史を感じさせます。

【薩摩藩主居城「鶴丸城」の象徴復元へ 維新後焼失「御楼門」 石垣に西郷隆盛らによる砲弾痕】産経新聞


 明治維新から150年、島津斉彬ら歴代の薩摩藩主が過ごした鹿児島(鶴丸)城を象徴する建造物で、維新後に焼失した「御楼門」を復元する計画が、城跡で進む。事業を担う官民の協議会は「新たな名所に」と意気込んでおり、再来年春の完成を目指して9月に起工式を行う。

 鹿児島城は天下の分け目となった「関ケ原の戦い」の後、1601(慶長6)年ごろに島津家18代当主の家久が現在の鹿児島市に築き始めた。1871(明治4)年の廃藩置県まで同家の居城だったが、天守閣はなかった。

 鹿児島県などによると、御楼門は1873(明治6)年、火災で焼け落ちた。礎石や明治期初頭の写真などから、高さと幅は共に約20メートル。完成すれば武家門として国内最大級になるという。 
 城としてはさほどでもない鶴丸城ですが、博物館の黎明館が有り、市立美術館と県立博物館も隣接しており、鹿児島の文化など知るには良い場所です。黎明館とか、西南諸島の文化とか見ると、九州のポリネシア系文化の色濃さが、よく理解できて楽しいです。さて、江戸時代の城郭としては目玉があんまりない鶴丸城ですが、こういう新しい楼門の復元は、有りだと思います。個人的には、江戸城や二条城はコンクリ製でいいので、天守閣を復活させれば、それがその地域の象徴にもなるし、観光客も呼び込めますし。

金竜山浅草寺の五重塔もコンクリ製ですが、観光客は大喜びですしね。明治維新で日本の城の多くは取り壊されたり、公共施設に転用されたり。もちろん、壮大な天守や楼閣があるのは一部ですが。熊本城とか、やっぱり感動しましたし。古い物を残してこそ、伝統になると言うことで。御楼門を作るなら、いそのこと黎明館も外見は書院造りにしたり、かつての居城の外観から本丸御殿風にすると、観光客にも受けると思うんですけどね。いっそのこと、天守閣風にしちゃうとか。
  • 2018.08.21 Tuesday
  • 21:00

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  • 2019.05.26 Sunday
  • 21:00
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