Calender

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< October 2019 >>

Categories

Archives

Recent Entries

Recent Comment

Recent Trackback

スポーツ・格闘技

ビッグバン・ベイダーさん死去

 体調不良で、余命宣告されていたのですが、やっぱり宣告どおりに亡くなってしまわれましたか。昭和も終わり頃、新日本プロレスの迷走の象徴のようだったTPG(たけしプロレス軍団)でしたが、そんな時代の新日本プロレスを支えたのも、間違いなくベイダーでした。売り出し方は強引で、暴動まで起きましたが。巨体の割に、ムーンサルトプレスも繰り出すなど、大会場で映える選手でした。いろんな団体に移籍して、日本では看板外国人でしたが、トラブルもイロイロあったようで。

【プロレスラーのビッグバン・ベイダーさん死去】日刊スポーツ


 新日本プロレスと全日本プロレスで活躍し、IWGPヘビー級王座、3冠ヘビー級王座両方を外国人として唯一、獲得した米国人レスラーのビッグバン・ベイダーさん(本名・レオン・ホワイト)が、18日午後7時28分(現地時間)、米国で亡くなった。ベイダーさんの公式ツイッターが発表した。63歳だった。公式ツイッターによると、ベイダーさんは1カ月前に重症の肺炎にかかり、懸命に闘病を続け、一時は回復に向かったものの、亡くなったという。

 ベイダーさんはコロラド大でアメリカンフットボールの選手として活躍し、卒業後の1978年(昭53)にNFLロサンゼルス・ラムズに入団も、ケガで引退を余儀なくされた。その後、バーン・ガニアにスカウトされて、85年に米AWAでプロレスデビュー。その後、マサ斉藤にスカウトされ、87年12月にビックバン・ベイダーの名で新日本プロレスのマットに上がり、アントニオ猪木らと名勝負を繰り広げ、89年に第4代IWGPヘビー級王座を獲得した。 
 ちなみに、ベイダー売り出しで裏で暗躍したのが、高田文夫氏。力道山と沖識名の頃の感覚で悪ノリした結果、大暴動になってしまったわけで。どうも、外部の人間を安易に引き込むと、プロレスは迷走するわけで。揺るぎない王道プロレスとしてのジャイアント馬場と全日本プロレスが消えてから、昭和のプロレスの解体と、平成のプロレスの創造が生まれたとも言えそうです。橋本真也と三沢光晴の急逝で、自分の中ではプロレス熱が急速に消えていきましたが。DDTとか、新しいプロレスが生まれ、新日本プロレスはV字回復。

ベイダー選手は主に平成に活躍しましたが、昭和の匂いがする選手でした。ご冥福をお祈りします。合掌
  • 2018.06.21 Thursday
  • 23:00

-

スポンサーサイト

  • 2019.10.24 Thursday
  • 23:00
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

Comment
Send Comment








   
この記事のトラックバックURL
Trackback