★土岐正造とその仲間が雑多な興味の対象について、好き勝手に書き散らすBlogです。
 
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消えるグリッドガール
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     スポーツとは戦争の代替行為の側面もありますから、生存本能を刺激する戦いの場に、セクシーな女性というのは、ある意味で絶妙な組み合わせです。でも、ソコが気に入らない暴走気味の一部のフェミニズムが、職業を奪ってしまってるわけです。頭が良いという才能がある女性が、それを活かして研究者になるのは賞賛されても、美人でスタイルが良い女性が、それを活かして活躍するのが許されないというのは、逆差別でしょうに。彼らは自分達の仕事を奪ったが、替わりの職は与えてくれなかったと、小人プロレスで語られた問題。

    【F1レースクイーン、今季から廃止 「社会常識を考慮」】朝日新聞

     自動車レースのフォーミュラ1(F1)は今季から、レース前に華やかな衣装で登場する「グリッドガール」を撤廃することを決めた。1日までに公式ホームページが伝えた。

     「グリッドガール」は、日本で「レースクイーン」とも呼ばれる女性モデルのことで、ピットやスタート前のスタートグリッドで、チームスポンサーの広告塔になっていた。

     F1の商業面を統括するブラッチ氏は「グリッドガールは長年、F1と切り離せない存在だったが、F1のブランドイメージや、現代社会の常識に合わなくなった」とコメントした。 
     ポリティカル・コレクトネスの暴走で、なんだか非常に息苦しい世界になっていく感じです。美人であることは、貧しかった時代に女性がのし上がるために有効であった部分はあるでしょうし、それが性的な搾取になってる部分もあったでしょう。でも、今は芸能人を河原乞食とか言う人間が批判されますし、芸能人はむしろ憧れの職業のひとつ。足が速いとか歌が上手いとかと同じで、天賦の才能を活かして食っていくのが悪いのでしょうか? 公娼制度さえ、時代が変われば健全に運用できるわけで。

    どうにも、江戸時代に発表されたエンゲル係数を持ち出して、アベノミクスを攻撃している野党議員のようなもんで。フェミニズムというのも、時代の変化に対応できず、教条的になっていないかと。ニューヨーク・メトロポリタン美術館の、画家バルテュスの作品『夢見るテレーズ』を撤去要求したり、マンチェスター市立美術館がウォーターハウスの『ヒュラスとニンフたち』を撤去されたり。マルティン・ニーメラー牧師の詩文『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』を改変して、皮肉のひとつも言いたくなります。


    彼らが最初グリッドガールを攻撃したとき

     フェミニストが最初、バルテュスの『夢見るテレーズ』を攻撃したとき、
     私は声をあげなかった
     私は『夢見るテレーズ』が好きではなかったから

     彼らがウォーターハウスの『ヒュラスとニンフたち』を展示させなくしたとき、
     私は声をあげなかった
     私は『ヒュラスとニンフたち』に興味がなかったから

     彼らがグリッドガールたちを攻撃したとき、
     私は声をあげなかった
     私はグリッドガールではなかったから

     そして、彼らが私を攻撃したとき
     私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった 
    【2018.02.02 Friday 22:03】 author : 土岐正造
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      【2018.05.20 Sunday 22:03】 author : スポンサードリンク
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