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スポーツ・格闘技

キラー・カーン激白

 前篇も後編も、読み応え有りますね。キラー・カーン(アメリカではカンの発音だったようですが)として、日本人離れした大柄な体格に、押し出しの聞く顔で、一世を風靡したレスラーでした。でも、1987年に突然の引退。その頃はエイズが流行していて、感染したら死ぬ病でした。実際、QUEENのフレディ・マーキュリィは1992年に死亡しています。キラー・カーンの引退は、エイズを恐れての引退と言われたモノです。プロレスラーはジュースと言われる流血試合が多かったですから。でも、真相は違ったようで。

【あいつはプロレスラーの強さって何なのかをわかっていない】Wedge

 前回と今回は、元プロレスラーのキラー・カーンさん(本名・小澤正志)を取材した。1970年に大相撲を廃業し、71年に日本プロレスに入門。73年に新日本プロレスに移籍後、191センチ、135キロの大型選手として頭角をあらわす。

 77年からは海外武者修行でメキシコへ、79年からアメリカで試合を繰り返す。アンドレ・ザ・ジャイアントやジャック・ブリスコ、ダスティ・ローデス、ハルク・ホーガンなど、当時の全米トップレスラーと激戦を展開。

 ヒール(悪役)として広く知られ、アメリカでは人気・実績で日本人レスラー・ナンバー1になる。

 日本では、新日本や全日本のマットで活躍するが、87年に突然、プロレス界から姿を消した。現在は、飲食店「キラーカンの店 居酒屋カンちゃん」(新宿区大久保)をJR新大久保駅そばで営む。歌手としてもデビューし、2017年には『"蒙古の怪人" キラー・カーン自伝』(辰巳出版)を著し、突然の引退劇の裏側などを明らかにした。 
 アントニオ猪木も坂口征治も長州力も、ボロクソ。まぁ、プロレス界は魑魅魍魎が跋扈する世界ですから。アントニオ猪木を毛嫌いしていたジャイアント馬場さんも、坂口さんとは良好な関係でしたから。でも、そんなキラー・カーンさんも、山本小鉄さんは絶賛ですね。新日本プロレスは、表看板はアントニオ猪木ですが、裏看板は山本小鉄さんだったということでしょう。道場破りに負けない肉体と裏技を持っているべきと実際、引退後も道場破りを相手にしていたそうですし。マサ斉藤さんはアメリカで闘ってきたわけで。

昭和のプロレスファンには、興味深い内容でした。
  • 2018.01.17 Wednesday
  • 20:00

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  • 2019.05.26 Sunday
  • 20:00
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