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思想評論の・ような物

故郷の考察 -中島みゆき『あぶな坂』より-1

先日、高村智恵子について書いた中で『逃避願望というか、回帰熱』という事を書きましたが、そのことについて友人から質問を受けましたので、ちょっと敷衍しつつ、雑文をば。

「回帰熱」という言葉は、中島みゆきがアルバムのタイトルに使っていますが、彼女の作品には故郷の喪失感というか、故郷に対する憧憬と諦念が同居しています。
それは最初のアルバムの、最初の作品である『あぶな坂』に、ハッキリと見えます。まずは、以下をジックリと読んでくださいませ。

『あぶな坂』 -アルバム【私の声が聞こえますか】より-
 あぶな坂を越えたところに
 あたしは 住んでいる
 坂を越えてくる人たちは
 みんな けがをしてくる
 橋をこわした おまえのせいと
 口をそろえて なじるけど
 遠いふるさとで 傷ついた言いわけに
 坂を落ちてくるのが ここからは見える
 
 今日もだれか 哀れな男が
 坂をころげ落ちる
 あたしは すぐ迎えにでかける
 花束を抱いて
 おまえがこんな やさしくすると
 いつまでたっても 帰れない
 遠いふるさとは おちぶれた男の名を
 呼んでなどいないのが ここからは見える

 今日も坂は だれかの痛みで
 紅く染まっている
 紅い花に魅かれて だれかが
 今日も ころげ落ちる
 おまえの服が あんまり紅い
 この目を くらませる
 遠いかなたから あたしの黒い喪服を
 目印にしてたのが ここからは見える


けっこう難解な内容で、ファンによっても解釈はいろいろあります。ただ、故郷への喪失感というキーワードを最初に頭に置いてみると、わりとすんなり理解できるんじゃないでしょうかね。自分の大好きな演歌や浪花節では、故郷というのは肯定される存在です。これは、アジア全体、漢字文化圏に共通の心情のような気がします。東洋のユダヤ人と言われる中国架橋にしても、最終的には故郷に帰る、故郷に錦を飾るというのを非常に重要視しています。

王貞治監督の父親である仕福さんも、そういった行動を取られていらっしゃいます(詳しくは鈴木洋史『百年目の帰郷』(小学館文庫)を一読いただけると、王貞治監督の背負ってしまった物の正体も含めて、非常に興味深く読めると思います)。千昌夫の歌とか典型的ですが、カルビーのカールのCMフレーズ「いいもんだぁなぁ ふるさとはぁ♪」なんかに代表される、故郷肯定の感情ですね。演歌や浪花節では、まず否定的には語られないですよね。


 例えば、室生犀星の『ふるさとは遠きにありて思ふもの』を、最初の2行を読んで日本人は、故郷って良いもんだよなぁという詩だと誤解してしまいます。実際、三遊亭圓楽師匠のナレーションで有名な毎日香のCMでは、そういう文脈で使われています。でも、実際の全文はこんな感じです。
 ふるさとは遠きにありて思ふもの
 そして悲しくうたふもの
 よしや
 うらぶれて異土の乞食となるとても
 帰るところにあるまじや
 ひとり都のゆふぐれに
 ふるさとおもひ涙ぐむ
 そのこころもて
 遠きみやこにかへらばや
 遠きみやこにかへらばや

重要なのは3行目以下。例え、異境の地でうらぶれて(落ちぶれて)乞食になっても、絶対に帰るべき場所ではないと、こう宣言しているのです。異境の地にあって、故郷を思い夕暮れに涙ぐむ、それほど故郷を愛し憧憬している。しかし、しかし、しかぁし! にも関わらず「 遠きみやこにかへらばや」と2回も繰り返し言っているわけです。室生犀星の年譜を見ると、その出生がけして恵まれた物ではないことが見て取れます。以下引用

1889(明治22)年0歳
9月1日、金沢に生まれる。父は旧加賀藩足軽組頭、小畠弥左衛門吉種(64歳)、母は木畠家に奉公していたハル(32歳)。生後まもなく雨宝院住職、室生真乗の内縁の妻赤井ハツにもらわれ、照道と名付けられる。
1896(明治29)年7歳
雨宝院住職 室生真乗の養嗣子となり、室生姓となる。
1898(明治31)年8歳
実の父 小畠弥左衛門吉種死去。その後、生母ハルと会うことはなかった。


犀星にとっては、故郷は愛すべき場所であり、同時に憎むべき場所でもあったのでしょう。詩人として故郷を捨てて世に出た以上、そこは存在を否定はできない場所であっても、自分がそこに存在することを許される場所でもなかったのでしょう。
  • 2004.05.17 Monday
  • 08:00

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Comment
[ 土岐正造 ] [2004/05/21 10:58] [ Myblog ] [ 削除 ]
>>mutsumiさん
谷山浩子さんも、なにやら越えられない壁の存在を意識した歌詞が多いですね。さわやかに歌ってるから、いまいちみんな騙されていますが、ユーミンとかとは根本的には違うような。

山崎ハコとか、情念はあるのだけど、わりと演歌の情念に近い感じがします。突出する自我と、その自覚というモチーフには至っていないような。小谷美佐子が、山崎ハコで終わるか中島みゆきにたどり着くかは、自分にはわかりませんが(笑)。

[ 土岐正造 ] [2004/05/21 10:57] [ Myblog ] [ 削除 ]
>>motowotaさん
そこら辺の、全共闘の挫折に対する中島みゆき論は、いつかまとめてやりたいですね。いやマジに。イラクの3人組とか見ていますと、人間は相変わらず同じような失敗と過ちを繰り返しているようですしね。時代は変われど人は変わらず……って自分の作品のキャッチコピーですな(苦笑)。

[ mutsumi ] [2004/05/20 00:36] [ Myblog ] [ 削除 ]
「あぶな坂」知らなかったんで歌詞だけの印象ですがモロ男女モノで想像しました。「ふるさと」を失くした男と「ふるさと」になれない女、みたいな。=都会、というのは「ほぉ」と。故郷モノ(?)で谷山浩子の「ネコの森へは帰れない」を思い出しました。ば、漠然としたヒトリガタリですいませんー

[ motowota ] [2004/05/18 16:37] [ Myblog ] [ 削除 ]
全共闘シリーズ? は「はじめまして」の「僕たちの将来」でひと段落着いている気がしますね。救いようのない絶望で一旦死に、「はじめまして」で転生すると。以上、猪木の独り言でした(違います)。

[ 土岐正造 ] [2004/05/18 11:54] [ Myblog ] [ 削除 ]
アレも、解釈に幅のある歌ですよね。一応、名曲『世情』と『誰のせいでもない雨が』と重ね合わせて、全共闘の挫折体験(内ゲバによる仲間殺し)という解釈も可能でしょうか。
しかし、ずいぶんと鋭いところを突いてきますね。詞の怖さを指摘する人はまぁまぁいますが、歌唱法の怖さまで感じる人って、少数派じゃないでしょうか。突き抜けた、乾いた狂気が宿っている歌い方だとは、自分も漠然と感じてはいましたが。


[ motowota ] [2004/05/18 11:43] [ Myblog ] [ 削除 ]
「生きていてもいいですか」の「キツネ狩り」がとても怖い歌ですよね(歌詞だけでなく歌唱法?も)
  • Doblogコメント移植
  • 2009/05/31 12:01 AM
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